読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

別世界じゃない場所

雑記

 

今朝は地震で起きた。

 

カタカタと物や戸が動いている音がして、揺れを感じた。久しぶりに少し強くて長い揺れだなあと布団の中で思った。

わたしが住んでいる仙台市は震度4くらいだった。

 

地震があると思い出すのは、3.11の地震

 

 

あの時は高校を卒業してすぐで、大学生一歩手前。

 

友達2人と一緒に、仙台の街中で朝まで遊んでいた。

(今考えると、高校生で朝までってどうなんだろう?検索したら、一応18歳未満は補導される対象みたい。高校生ではあるけど、誕生日が来ていたので18歳未満ではなかった。)

 

そのままその日も遊ぼうとなり、駅ビルの雑貨屋さんを見ていた。

 

すると、揺れがきた。

 

初めはそんなに大きくなかった気がする。

最初はただ、長いなあと思っていた。けれど段々と揺れは大きくなり、立っていられないほどの大きな揺れに。友達と店員さんと支え合い、しゃがみ、体を守る体勢を取った。

 

駅ビル内の電気は揺れが強くなるにつれて店内の照明が点滅し始めたかと思えば、消えて、非常用の明かりのみになった。

 

長い揺れが収まり、周りを見渡すと、ついさっきまで見ていた駅ビルの姿とはかけ離れていた。

 

暗い店内に散乱する商品、壁には所々ヒビも入っていた。また、火災を知らせる警報も鳴っていた。

 

とりあえず建物から出ないといけないと、店員さんの指示に従い、表へ出た。

 

外に出て、衝撃を受けた。

 

駅ビルの隣は、バスターミナルになっているのだが、そこには見たことのない大人数の人。

バスターミナルに繋がる駅前のデッキも人ばかり。

 

「こんなの、映画やドラマでしか見たことない。」

 

率直に思ったのがこれだった。

現実だとは到底思えない現実。それが目の前にある恐怖。

 

駅前にあるビルを見ると、看板が落ちているものや壁が剥がれているものもあった。

さっきまでいた駅ビルの入り口をよく見ると、照明が割れて火花が散っていた。

 

 まるで、違う世界に来てしまったようだった。

 

短めにその後。

 

そこから自分の家族と再会するまで5日かかった。

電話もメールも繋がらず、自分が生きてるということも知らせる事ができない。家族が無事なのかも分からない。

けど、この時不思議と嫌な予感が全くと言っていいほどなかった。

家族全員と連絡が取れたのは、確か4日後。

電話が繋がった母の第一声は「あ、生きてたね〜、よかったね!」だった。

文字だけだと伝わらないが、まるで「今日の夜ご飯いる?」みたいなテンションだった。多分家族にも、(わたしが死んだかもしれないという)嫌な予感が無かったんじゃないかと思う。

 

当時まだ実家に住んでいたので、仙台市内の友達の家に泊めていただいた。

初めてお邪魔するお家だったのに、友達のご家族はわたしにすごく優しく接してくれた。食料や電気が無い状態がいつまで続くかも分からないのに、迷惑な表情をまったく見せず、優しくしてくれた。感謝してもしきれないです。

 

文章だけじゃどうしても伝わらないし、忘れていってしまう。

でも、時々こうして思い出したりするのが大切なんだと思う。今回は地震があって思い出したけれど、それでは本当は遅い。普段からの備えが大切で、何かあったときに本当に安心するはず。

天災が無くなることはないけれど、被害を減らすことはできる。

 

自分の身を守るのは自分。